公演が始まる10分前。
 最後のトイレに行く者、パンフレットを手にこれから始まることに胸を躍らせる者、主催側の最後のチェックなど、このコンサートホールは様々な音で賑わっていた。
 200席ほど入りそうな広さの客席部分に、4人分の料理が並べられたテーブルが8つほどある。
 樫倉晟かしくらせいは用意された食事に手をつけることはせずに、椅子の背にもたれながら差出人不明で送られてきた招待状の中身を見る。もう何度読んだかわからない文面。既に暗記している内容だが、気にならないはずがなかった。

『親愛なる樫倉晟様
今までの感謝を込めて、これからあなたにお似合いのプレゼントを贈ります。まずはこのチケットから。特別席をご用意しました。
どうぞ、私の気持ちをお受け取り下さい。喜んでもらえることを願って──あなたの友人より』

 そして、チケットと共に演目6番に丸印がつけられたパンフレットが同封されていたのだ。
 ご丁寧にどうも。
 軽く息を吐きながら招待状をテーブルの上に放り、代わりにパンフレットを手に取った。
 6番目に演奏される音楽は、今は亡き友人の墨木すみき明日香あすかが好んで弾いていたものだった──

「音楽って、その人の心が表れるのよ。ね、晟も弾いてみて」

 そう言って半ば強引にこの一曲だけ練習させられたっけ。曲の一部分でも、たどたどしくも旋律となって耳に届いた時は感動したものだった。明日香なんて、自分のことのように喜んでいた。

 そんな彼女が目の前で殺されてからおよそ一年。
 自分の腕の中で徐々にのしかかる彼女の体重が、恐怖だった。口から溢れ出てくる血と共に、何かを発しようとしていたことは、ついに言葉になることなく消えた。
 未だ記憶が鮮明に残る中、なぜこんな招待状が届いたのか。誰が送って来たのか。上等だ、のっかってやるよ。
 晟は怒りにも似た眼差しを招待状に向けた。

 開演の合図と共に、徐々に暗くなる視界。
 さあ、お手並み拝見といこうか。

 

 

 




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